AIに仕事を奪われたら、人間はどうなるのか。この問いに対して中国の裁判所がひとつの答えを出した。「AIでクビにするのは違法」だ。
年収300万円の品質管理者が「不要」になった
杭州のテック企業に勤めていた周氏(仮名)は、AI大規模言語モデルの出力内容をチェックする品質管理の担当者だった。年収は約30万元(約430万円)。AIが生成した回答が正確かどうかを人間の目で検証する、いわばAIの「お目付け役」のような仕事だ。
ところがAIの精度が上がり、周氏の業務をAI自身がこなせるようになると、会社は周氏に対して下位のポジションへの異動と40%の給与カットを提示した。年収430万円が一夜にして260万円になる計算で、周氏はこの提案を拒否した。すると会社は「組織再編によるポスト削減」を理由に周氏を解雇した。
杭州中級人民法院の判断
周氏は解雇の不当性を訴えて裁判に持ち込み、杭州中級人民法院(控訴審にあたる)は周氏の訴えを認めた。判決の論理は明快で、AI導入による人員削減は中国の労働契約法が解雇の正当事由として定める「客観的状況の重大な変化」には該当しないとしている。
さらに40%の減給を伴う異動提案自体も「不合理」と判断されており、会社側の対応が二重に問題視された形だ。企業は技術革新のコストを従業員に転嫁することはできない、というのが裁判所のメッセージになる。
すでに前例があった
実はこの判決には伏線がある。2024年12月にも別の裁判所が、地図制作会社がAI導入を理由に従業員を解雇した件を違法と判断しており、周氏のケースはこの先例を踏襲する形で出されたものだ。つまり中国の司法は「AIで人をクビにするのは違法」という方向に一貫して動いていることになる。
「AI推進」と「雇用維持」の綱引き
この判決は中国政府が抱えるジレンマを映し出してもいる。一方ではAI産業の急成長を国策として推進しながら、他方では労働市場の安定を維持しなければならない。AI推進のアクセルと雇用維持のブレーキを同時に踏んでいる状態で、裁判所の判決はブレーキ側に立ったということだ。
中国のCEOの88%が「AIによる正味の雇用喪失を予想している」という調査結果もある中で、この判決は企業にとって頭の痛い問題を突きつけている。AIで業務を効率化しても、その分の人員を削減できないのであれば、コスト削減のメリットは大きく制限される。
日本にとっての示唆
日本でも「AIに仕事を奪われる」という議論はあるが、法的にどう扱うかはまだ整理されていない。中国がいち早く「AIによる解雇は違法」という判例を作ったことは、同じ問題に直面するすべての国にとって参考事例になりうる。
もちろん中国の労働法と日本の労働法は異なるし、判決がそのまま他国に適用されるわけではない。ただ「技術の進歩を理由に人をクビにしていいのか」という問いは普遍的なもので、AIの能力が上がるほどこの問題は切実さを増していく。周氏が年収の40%カットを突きつけられた瞬間、同じことが自分に起きたらどうするかを想像してみる価値はあるだろう。