毎年6月、中国では約1290万人の若者が人生最大の試験に挑む。大学入試「高考(ガオカオ)」だ。
試験そのものも過酷だが、本当の勝負はその後にある。志望校選び。平均50、多い省では100を超える志望欄を埋めなければならない。どの大学のどの学部なら受かるのか。偏差値、就職率、地域差——膨大な変数を前に、受験生と親は途方に暮れる。
2026年、その風景が一変した。AIが「進路相談師」になった夏が来たのだ。
アリババ「千問」が無料で放った一手
6月10日、アリババ傘下のAI「通義千問(Qwen)」が高考志望校填報エージェントをリリースした。国内初の「全周期型」志願AIを名乗るこのサービス、最大の特徴は完全無料という点だ。
できることは多い。成績の入力から始まり、興味・関心の分析、都市や大学の絞り込み、そして最終的な志望校リストの自動生成まで。「志願日曆(志望カレンダー)」機能では、填報プロセスを段階的に分解し、受験生を一歩ずつ導いていく。
会話を重ねるごとに、受験生の志向を学習する。「上海で理系」「地方だけど就職に強い大学がいい」——こうした曖昧な希望を汲み取り、具体的な志望校リストに落とし込む。
正答率100%。人間の相談師を圧倒
注目すべきは、第三者による測定結果だ。
44問の客観テストで、千問の正答率は100%。対する人間の進路相談師は平均89.3%。模擬の志望校選定では、千問が提案した6校すべてが合格圏内だったのに対し、人間の相談師は平均5.3校にとどまった。
数字だけ見れば、もはや勝負にならない。
もちろん、ベンチマークと実際の人生決断は別物だ。AIは過去データに基づく最適解を出すが、「この街で暮らしてみたい」「親元を離れたくない」といった感情的な要素は拾いきれない。それでも、情報の整理と選択肢の提示という作業において、AIが人間を上回ったのは事実である。
数万円の相談ビジネスが崩壊する
ここで壊れるのは、長年続いてきた「高考ビジネス」だ。
中国では、高考後の志望校相談は一大産業になっている。1件あたり数千元(数万円)。地方では家計に重くのしかかる出費だが、「子どもの一生がかかっている」と親は払ってきた。
ところが千問は、それをタダで提供する。しかも精度は人間以上。
有料相談のビジネスモデルが根底から揺らいでいる。36Krの表現を借りれば、「高考最大のビジネスは、ずっと”情報格差”だった。2026年、情報格差が初めて公共財になった」。
相談師の9割がAIレポートを転売していた
皮肉な現実もある。
有料の進路相談師のうち、実に9割がこっそりAI生成の報告書をそのまま顧客に転売していたことが発覚した。数万円を払って受け取ったレポートが、実はAIが数秒で出した結果のコピーだった——そんな事例が次々と報じられている。
「専門家の知見」として売られていたものの正体が、AIの出力だった。これは高考に限らず、コンサルティングや士業など、知識の非対称性で成り立ってきた職業全体への警鐘だろう。
「AIが階層を超える」瞬間
この話の核心は、単なる効率化ではない。
中国の教育格差は深刻だ。都市部のエリート家庭なら、優秀な相談師を雇い、豊富な情報をもとに最適な志望校を選べる。地方の貧困家庭にはその選択肢がない。同じ点数を取っても、情報の差が進路の差になり、人生の差になる。
千問の無料エージェントは、その構造を初めて壊した。
北京の富裕層の子どもも、甘粛省の農村の受験生も、同じAIに同じ質問をして、同じ精度の回答を受け取る。AIが「公平な相談師」になった瞬間だ。
もちろん、スマホやネット環境の格差は残る。AIの回答を読み解くリテラシーの差もある。「AIで格差がなくなる」と言い切るのは早計だ。
それでも、1400万人を超える受験生がAIに進路を相談した2026年の夏は、中国社会の転換点として記憶されるだろう。「AIが人の仕事を奪う」という話は世界中で語られてきた。しかしこの夏、中国で起きたのはもう少し複雑な現実だ。
AIは仕事を奪ったのではない。情報格差という「既得権益」を壊したのだ。