東南アジアは「次のAIフロンティア」と呼ばれて久しい。6.8億の人口、急速なデジタル化、若い労働力——ポテンシャルを語る材料には事欠かない。
だが、実態を数字で見ると、風景はまるで違う。
AIマネーの75%が、シンガポール1国に吸い込まれている。
680社、23億ドル。そしてシンガポール独占
South China Morning Postの報道によると、東南アジア全域で約680社のAIスタートアップに累計23億ドル(約3,500億円)が投じられた。
そのうち495社、金額にして約75%がシンガポールに拠点を置く企業だ。シンガポール政府はAI関連に16億シンガポールドル(約1,800億円)を投じ、Google、Microsoft、AWSなどのテック大手もシンガポールに計260億ドル以上を投下している。
残りの国はどうか。インドネシアの累計調達額は約19億ドル。ベトナムは9,500万ドル。その差、実に20倍。シンガポールとベトナムの差に至っては100倍以上だ。
同じ「東南アジア」というくくりの中に、これほどの格差がある。
なぜシンガポールに集中するのか
理由は複合的だが、整理するとシンプルだ。
英語。シンガポールのビジネス公用語は英語で、グローバルなVCや人材との接続コストが圧倒的に低い。AIの論文もドキュメントもツールも、第一言語は英語。この時点で、バハサ・インドネシア語やベトナム語が主要言語の国は構造的に不利になる。
規制環境。シンガポール政府はAIに関して「イノベーション促進型」の規制スタンスを取っている。データセンター建設の許認可も速い。対して、インドネシアではデータローカライゼーション規制が厳しく、ベトナムではAI関連の法整備自体が途上にある。
資金の自己強化ループ。VCが集まるからスタートアップが集まり、スタートアップが集まるからVCが集まる。この好循環が一度回り始めると、後発国がキャッチアップするのは容易ではない。
インドネシア:「冬の時代」でも生き残る企業たち
とはいえ、シンガポール以外の国にまったく光がないわけではない。
インドネシアでは、AI投資の「冬の時代」を生き抜く企業が出始めている。
フィンテック企業Akulakuは利益を66%伸ばし、IPOの準備に入った。物流AI企業McEasyは600万ドルを調達し、ジャカルタだけでなく地方都市への展開を加速している。データセンター企業STT GDCは、ブカシにAI対応の24MW施設を拡張中だ。
共通しているのは、「実需に根ざしたビジネスモデル」であること。グローバルなAIプラットフォームを作ろうとするのではなく、インドネシアの物流、金融、インフラという具体的な課題にAIを適用している。
派手ではないが、着実に利益を出す。シリコンバレー型の「まず規模、利益は後」とは正反対の戦略だ。
レイトステージに偏る資金
もうひとつ気になるデータがある。東南アジアのAI投資では、レイトステージ(成長段階)への投資が前年比140%急増した一方、シード期(初期段階)への投資は半減している。
これは何を意味するか。すでに実績のある大きな企業にはカネが集まるが、新しいスタートアップには回りにくくなっている。「勝ち組への集中」が加速し、新規参入のハードルが上がっている。
イノベーションの種まきが細る一方で、刈り取りだけが進む。この傾向が続けば、3年後、5年後の東南アジアAIエコシステムは今よりさらに多様性を失うかもしれない。
「AI格差」は国の中だけの話ではない
AIがもたらす格差について、多くの議論は「国の中」の話に集中している。AIで失業する人としない人、AIを使いこなせる人とそうでない人。
だが、東南アジアの現実は「国と国のあいだ」にも格差が広がっていることを示している。シンガポールの若いエンジニアは世界最先端のAIツールにアクセスできるが、ミャンマーやラオスのエンジニアにとってはまだ遠い世界だ。
Googleが東南アジア向けの「AIスタートアップ・イノベーション回廊」を立ち上げ、シンガポール以外の国のスタートアップをシリコンバレーにつなぐ試みも始まっている。だが、構造的な格差を一つのプログラムで解消するのは難しい。
東南アジアの「AI時代」は確かに来ている。ただし、その恩恵が行き渡る速度は、国によってまるで違う。