原神、崩壊スターレイル、ゼンレスゾーンゼロ。世界中にファンを持つmiHoYoが、次に送り出したのはゲームではなかった。
「AI彼女」だ。
「林離 Olivia」という存在
2026年6月、miHoYoはSteamで「林離 Olivia」をリリースした。
設定はこうだ。ピアノ専攻、心理学副専攻の上海在住の女性。趣味は読書と散歩。穏やかで知的な性格——いかにも「隣にいてほしい人」として設計されたキャラクターである。
だが、これは単なるチャットボットではない。
手紙を書くと、Oliviaが手書き風の返事をくれる。MIDIファイルをアップロードすると、ピアノの演奏動画を生成してくれる。デスクトップの壁紙として「住みつく」機能まである。起動すると、画面の片隅でOliviaが本を読んだり、窓の外を眺めたりしている。
「ゲーム」ではなく「アプリケーション」
注目すべきは、Steamでの登録カテゴリだ。
林離 Oliviaは「ゲーム」ではなく「アプリケーション」として登録されている。ゲーム会社が、ゲームストアで、ゲームではないものを売る。ジャンルの境界を意図的に壊しにいっている。
miHoYoがこの判断をした理由は明快だろう。「ゲーム」として出せば、ゲームプレイの評価軸で批判される。「アプリケーション」なら、コンパニオンとしての体験そのものが評価対象になる。
カテゴリひとつで、ユーザーの期待値をコントロールする。巧みだ。
3年で100億元、AIへの本気度
miHoYoのAI投資は尋常ではない。
同社はAI関連に3年で100億元(約2兆円)の投資を宣言している。社員がAIエージェントの実験で一晩に4,700万円を溶かした事件も報じられた。「原神で稼いだ利益をAIに全ツッパ」と揶揄されるほどの傾倒ぶりだ。
だが、林離 Oliviaを見ると、その投資の方向性が見えてくる。miHoYoが目指しているのは、AIを使ったゲーム開発の効率化ではない。AIそのものをプロダクトにすることだ。
「キャラクターIP」としてのAI
ChatGPTやClaude、あるいは中国のDeepSeekや豆包。これらの汎用AIチャットボットと、林離 Oliviaは何が違うのか。
答えは「キャラクターIP」の有無だ。
miHoYoは原神で「人が好きになるキャラクター」を作る技術を10年かけて磨いてきた。外見、声、性格、背景ストーリー——すべてが「好きになる」ように設計されている。その技術をAIコンパニオンに転用した。
汎用AIが「便利な道具」なら、林離 Oliviaは「会いたい人」だ。感情を動かす力が根本的に違う。
「感情経済」の入り口
この動きを「気持ち悪い」と切り捨てるのは簡単だ。だが、数字は別のことを語っている。
中国のAIコンパニオン市場は2026年に推定500億元(約1兆円)規模に成長すると見込まれている。孤独感の蔓延、晩婚化、少子化——アジア全域で共通する社会課題が、この市場を押し上げている。
miHoYoは「ゲームを売る会社」から「関係性を売る会社」に変わろうとしている。その第一歩が、Steamの片隅に静かに置かれたAIアプリケーションだ。
ゲーム会社が、AIで「感情」を売る。ビジネスとしての是非はともかく、テクノロジーと人間の関係を考えるうえで、見逃せない一手である。