トランプ政権がAnthropicの最強モデル「Mythos」と、その制限版である「Fable 5」の米国外への配布を禁じてから約2週間。まるで示し合わせたかのように、アジアから対抗モデルが相次いで登場した。
中国360の「屠龍鋒」— 脆弱性検出で真っ向勝負
中国のサイバーセキュリティ大手「360(奇虎360)」が発表したのは、セキュリティ脆弱性の検出に特化したAIモデル「屠龍鋒(Tulongfeng)」だ。AnthropicのMythosがサイバーセキュリティ分野で高い評価を得ていたことを意識した製品で、360はこの分野のAI能力を「国家戦略資産」と位置づけている。
360の姿勢は挑発的ですらある。先進的なAI能力が米国だけに集中すれば、脆弱性の発見と防御に「一方通行の透明性」が生まれてしまうと批判し、自国開発の必要性を強調した。
東京のSakana AIは「Fugu」で勝負
同じ週、東京に拠点を置くSakana AIも新モデル「Fugu」を発表した。AnthropicのFable 5やMythos Previewに匹敵する性能を謳い、日本語と日本文化に最適化されたモデルとして売り出している。
Sakana AIは元Google研究者の伊藤蓮、Llion Jones、David Haが2023年に設立したスタートアップで、直近のシリーズBラウンドでは企業価値26.5億ドル(約4,000億円)に達している。Sakana側は「Fugu」のリリース時期について「まったくの偶然」だと説明しているが、同時に「輸出規制のリスクなしに最先端の能力を提供できる」と、Anthropicが使えなくなったアジアの企業に向けた明確なメッセージを発している。
「一晩でトップモデルが消える」リスク
CEOのDavid Haは、今回の事態を「ヘッジ(リスク分散)」の重要性として説明している。「トップモデルへのアクセスは一夜にして消える可能性がある。だからこそ複数のプロバイダーによる”集合知”が必要だ」という主張だ。
実際、Anthropicが5月に発表したランレート収益は470億ドル(約7兆円)に達しているが、アジア企業がどれほど依存しているかの内訳は公表されていない。輸出規制によって空いた競争上の空白を、地場の代替モデルが埋め始めたことで、アジア企業のAI調達先が恒久的に変わる可能性もある。
輸出規制が「AI自立」を加速させる皮肉
米国政府がAI輸出規制で狙ったのは、最先端技術の拡散を防ぐことだったはずだ。ところが現実には、規制がアジアのAIスタートアップにとって絶好の追い風になっている。「米国製モデルに頼れないなら自分たちで作る」という動きが加速し、結果として米国のAI企業がアジア市場でのシェアを失いかねない状況が生まれつつある。
半導体の輸出規制がHuaweiの自社チップ開発を促したように、AIモデルの規制もまた、意図せずアジアのAI自立を後押しする展開になりそうだ。